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zoom RSS 清里での5年

<<   作成日時 : 2013/10/15 22:46   >>

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木々の葉が赤や黄色に色づき始めた。

今日は10月15日。小屋が建ち替わってちょうど5年。

5年前の今日、今の小屋が引き渡された。



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あの日は、今日みたいに台風も来てなかったし、

雨も降っていなかった。

秋晴れの気持ちのいい日だったと記憶している。

引っ越し日和というか、自宅から布団など持ち込んだり、

新しく購入した家具や家電などが運び込まれたりも

スムーズに済んだのも覚えている。


週に一度、もしくは2週に一度、場合によってはそれ以上の頻度で

清里に通う今の生活になって、5年という事になる。


それまでは数か月に一度くらいのペースで帰って来ていたけど、

次第にそのペースが早まってきていた。


一番のきっかけは、前の小屋のすぐ横の木にアカゲラが巣を作ったこと。

その成長の様子が見たくて、休みのたびに帰ってくるようになった。

そして、この場所の気持ちよさ、素晴らしさを改めて知り、感じ、

こんな風に帰って来ていいんだと気付いてしまった。


そこからは、結構頻繁に帰るようになり、

ちょっとしたタイミングも重なり、

小屋を建て替えた。


そんな風にそれ以前も徐々に生活は変わってきていたけど、

あの日からの5年でさらに大きく変わった気がする。


滞在する日数が増えるにしたがって、

山、草木、動物、昆虫、雲、空、気候などにも今まで以上に

興味がわき、それなりに知識も増え、楽しさも増えていった。



また、前の小屋は35年前の建物で、その頃の別荘なんて作りもひどく、

ストーブはあっても、本当の冬に耐えられるものでもなかった。

それが建て替わり、一年中いつでも普通に暮らせるものに生まれ変わった。


清里をはじめとする八ヶ岳南麓で、一番いい季節と言われるのが冬。

その冬を観光客目線ではなく、

生活目線で見て感じることで、

更にこの場所が好きになっていった。



初めて体験する物や事も多かった。


草を刈る仮払い機だって見たことはあったけど、

触ったことはなかった。


燃料にする混合油なんて存在すら知らなかった。

チェーンソーも触ったこともなかったし、

斧だってそうだ。


薪割りだってしたことがなかった。


雪かきだって、もちろん自宅付近の雪かきはしたことがあったが、

小屋に上がる坂を、ラッセルしながら道具を取りに行き、

斜面を滑り転びながら雪かきをしなければ

車で小屋までたどり着けない、そんな事は初めてだった。


それらが当たり前で、必要でもある生活に足を踏み入れ、

通いながらではあるが、それをこなすことが嫌ではなかった。



一番心に残っているのは、最初の薪割りだ。


小屋を建てる時に、大きなカラマツを3本伐った。

この木を薪にしようと思ったが、

当時はまだチェーンソーも持っていなかったので、

伐った時に30〜40pの長さで玉切りしてもらった。

直径は50〜60センチ。

玉切りされた木はピラミッド状に積み上げられ、

2つとちょっとの山になった。


斧を初めて買った。

ちょっと後になって気付いたけど、それは少し小さめの斧だった。

どんな斧がいいのかも知らないので、それが普通だと思っていたから。


ピラミッドの前にその斧を手にして立つ。

これを全部自分で割ることができるのか、

不安というよりも、先の見えない道の入り口に

立ったような気がした。


でも、やるしかない、と思った。

これをやりきらないと、自分の清里でのこれからの生活はない。

山には受け入れてもらえない。

そんな気持ちになった。


多分、この木を一人で割り切ることなんてできないと、

家族は思っていたのではないだろうか?


この木を積んだ工務店の社長も、担当者もそう思い、

いずれは泣きついてくると思っていたのではないだろうか?


結果的には一人で割り切った。


帰ってるるたびに割ったし、無我夢中で割った。

雨の日以外は、それこそ雪の後でも、

雪を払い、足元を踏み固めて薪割りをした。


薪割りを通して色んなことも学んだし、

また、割り切ったことでささやかな自信にもなったような気がする。


この空気の中でする作業が楽しく、気持ちよかった。

何をしなくてもいい、いるだけで気持ちいい。


みんな清里へ来ればいいのに、そんな思いが強くなった。



遠い未来か、近い未来か、きっとこの地に住むことになると思う。

それは予感というか、半ば確信として僕の中にある。

そうなった時には、楽しいこともいっぱい増える一方で、

住まなければ分からないような大変なこともあるのだろう。


でも、今から考えても仕方のないことだと思う。


レットイットビーだし、ケセラセラだと思ってるから。


そんな事すべてをひっくるめて、

そんなような今の気持ちになれたのも、

この5年間があったからなんだな、と思う。


あっと言う間の5年ではあるけど、

僕に与えた影響は大きく、また濃い時間だった。


そして、それはこれからも続く。

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